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新型コロナ 陰性1ヶ月 / やり込みinFF

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管理人の日記
このクソウイルス、ほんとに地球産まれ? 実は宇宙人の侵略第一手だったりしない??

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2022年9月16日(金)
新型コロナ 陰性1ヶ月


 
体重-18kgで伸ばした寿命を、このウイルスで相殺された気がする


 8月6日に発熱した私の新型コロナウイルス感染症は、同16日に陰性となった
【日記:2022/8/8】【2022/8/16】。今日は、それから1ヶ月に当たるので、現在の状況を書いてみたいと思う。
 …まず、症状については、
完全には消えていない。私が、一貫して「治った」とは言わず、「陰性になった」と表記しているのは、症状の一部が今も残り続けているからである。まあ、いわゆる“後遺症”と言えるが、世間で問題となっているものよりは遥かに軽い。
 ――具体的に言うと、平時から、以前までと比べて、
明らかに咳払いと咳の回数が増加した。また、「午前4時までゲームで夜更かし」「ストロングゼロ級の酒を、二日酔い覚悟で3缶飲む」「炎天下に自転車を走らせ隣町のディスカウントストアまで10kg2000円の米を買いに行く」など、体に大きな負担をかけた翌日には、必ずと言って良いほど、頭痛や発熱などの風邪症状が現れてくる。
 やれ、ここ最近になって、「コロナウイルスは、陰性となったあとも体に残り続け、隙を見て活動を再開する」という仮説が提唱されているようだが、
私の体感としては、それは実に正しいと思える。中国の山奥のコウモリに取り憑いていたであろうマイナーウイルスが、たった数年で、人類へと寄生先を変えてしまった。こういう生物環境の変化というのは、それこそ“万年”単位で起こるものだと思っていた。改めて、とんでもないウイルスだと思い知らされる。

 それでも、
全体的な流れとして、少しずつ体調は良くなっていっていると言える。
 …まあ、今日も、3食ごとの風邪薬は手放せないが、逆にそれさえあれば、
ほぼ症状は無視できるほどになっている。知力・体力の大きな低下も無く、体重も増えも減りもしていない。そして、陰性1ヶ月ということは、職場復帰1ヶ月という意味でもあるが、もちろん欠勤などは1回もしていない。さらに、ここ最近の趣味面においても、発売直後の「地球防衛軍6」に没頭する【日記:2022/9/2】【2022/9/11】など、前までと変わらないどころか、これまで以上に充実した毎日を過ごせている。
 ――ということで。今も後遺症に苦しめられている人も、
いつかきっと良くなるので、どうか希望を持ってほしいと思う。こんなウイルスごときに負けて、自分の人生を捨ててはならない。健康な体と食べ物と薬とワクチンと時間で、不躾な訪問者を燃やし尽くすのだ。

風邪の様子が変なのだ…


 さて。現在の社会情勢では、さすがの日本人からも、
「もう感染対策飽きた('A`)」という声が聞こえてくる。ごもっともである。
 …実際に、「行動制限」などは、もうさすがに無理だろうと思う。また、小さな子供たちの、私とは比べ物にならないほど大切な時間を、2年・3年と奪い続けるのも、もはや限界であろう。そして、かつて2桁成長で、日本社会の数少ない希望であった観光分野も、絶対に取り戻さなければならない。
 ――ただ、
ワクチン接種と、できる範囲でのマスク着用は、私は今後とも続けるべきだと思っている。もちろん、厳密には、並行世界に存在する「感染対策がゴミな状態の自分」と比べていないから、分からないというものだ。しかしながら、私は恐らく、ワクチンを接種していたおかげで、自らの症状が、「4日間苦痛が続く重めの風邪と、市販の風邪薬で制圧可能な後遺症」という程度で済んだ。そして、常時マスクでしっかりと鼻まで覆っていたから、与感染力があったと思われる発症前2日間で、恐らくは誰にも、このクソったれたウイルスを感染させずに済んだ。これら2つが成り立っていなければ、今ごろ私は、火炎放射器で世界中のコウモリを消毒する仕事へと転職をしているところであった…。

 そして。皆さまご存じの通り、世の中の「感染対策」には、
かなりの温度差がある。私の現在の職場は、今のような状況だからこそ、“最前線”となるような場所であると思う。しかし、周囲を見てみると、不適切な感染対策の典型例である「鼻出しマスク」率は、ざっと半分に迫るほどである。それどころか、客の前ではマスクをしっかり着けるが、従業員の前では外してべらべら喋っているという、世間体しか見ていない例も散見される。こういった者が、職責や勤続年数を問わず、あっちにもこっちにもゴロゴロと居るのだ。そんな場所に、クソザコ免疫力の私がホイホイ入っていったのだから、そりゃあ罹るわけだ。なぜ、客に対して行えることが、従業員に対してはできないのか?
 …ちなみに。前にも述べたが、私はコロナウイルス感染症を経験したあとも、特に感染対策は変えていない。それは、
もはや変えようが無いからである。鼻までマスクでしっかり覆い、状況が変わるタイミングで必ず手を消毒して、家に入ったら最初にシャワーで体を流す。会食や、不特定多数が集まる場所に行くこと、そして接待を伴う飲食店への訪問などは、以前から全くと言って良いほどやっていない。
 ――やれ、世間では、
「○○○に行ったから罹った」といった単純な物語が好まれ、ニュースなどでも盛んに報道されている。これは、感染対策を教授したいという意味もあるだろうが、その中に間違いなく、「あいつは馬鹿なことをしたから罹ったんだ。だから、『馬鹿じゃない俺』は、ウイルスを喰らうことは無いんだ」と安心したい気持ちが存在するはずだ。だが、現実には、私は特に意味もなく、職場でウイルスを貰うことになった。何の教訓も残せないし、勧善懲悪ではなく、感染対策も変えられない。状況が揃えば、また二度・三度と、何度でも感染できるのだ。

 さて。私は、このコロナウイルス災害について、
「人間とウイルスの戦争」であると、最初から思っていた。
 …そして、
「戦争で特に意味も無く人が死ぬ」などというのは、ありふれた話である。「国を守るために、勇敢に戦って死んだ」とか、「敵国の負傷兵を救うために命を懸け、そして散っていった」などという都合の良すぎる話は、“無意味な死”という現実から目を逸らすための、悲しい作り話なのである。
 ――私は、特に自らの落ち度も無くウイルスを貰って、何の意味もなく数日のあいだ苦しみ、そして今なお後遺症に恐怖する日々が続いている。ただ、
ワクチンとマスクは、私の実感において、一定の効果があったように思う。
 やれ、この
クソウイルスは、つれぇことに、そりゃあつれぇことに、人間社会へと完全に定着をしてしまった。だが、これとどう向き合っていくかは、もはや、おのおのが満足できるように決めていくしか無いのかな、と思う。

(2022年9月16日)

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