. . |
◇トップページ > 管理人の日記 > 2012年11月12日の記事
管理人の日記
合唱コンクールを合コンと呼ぶのは誰もが通る道
この国には「合同コンパ」、略して合コンという文化が存在するらしい。“らしい”というのは、俺はその実態を全く知らず、そもそも俺にはそういうものが存在するということ自体が信じられないからだ。
・・・まず、「合コン」(ごうこん)とは何かと言うと、ご存じの通り、異なるグループが合同でコンパ=飲み会を行うことであり、一般には男女が集まって恋人探しをする会として知られている。だが、そういった概念が一般に知られているのとは裏腹に、大半の人は「合コン」に行ったことが無いであろう。そのため、「そもそも実在しているのか?」「合コンではなくオワコンなのでは・・・」という考えが出てくるのも、至極当然であろう。
――ただ、俺の回りにも実際に「合コン」に行ったと証言する人は居るし、その他にも様々な情報から判断するに、やはり「合コン」というものは俺が知らない世界で実在するようである。というわけで本日は、その謎に満ちた「合コン」というもののベールを脱がせてみることにしよう。果たして、「合コン」とはいったい何なのだろうか?
そんな「合コン」は、実は開幕から問題を抱えている。そもそも、我々はどうやって合コンに参加すれば良いのだろうか? というのも、知っている人と飲むのでは「合コン」にならないし、知らない人には連絡ができない。のっけから合コンは矛盾しているのだ。・・・この問題を解決するには、例えばA社とB社で通例として合同コンパを行うことが企画化されていたりとか、はたまた「友達の友達」という感じで男女が別々に知り合いを集めるか、いわゆる「街コン」のような行事に参戦するといった手順を踏む必要がある。しかし、どれも日常感覚からかけ離れており、まず最初の時点でいきなり難易度が高くなっているのだ。
・・・そして、仮に「合コン」に参加できたとして、次は果たして何を話せば良いかという問題が出てきてしまう。有りそうなパターンが、仕事・趣味のことを話して、そこから共通の話題を見つけていくという感じだろう。しかし、例えば俺の趣味は「ゲーム」であるが、この「ゲーム」とは皆さまの知っているゲームとは違うため、恐らく世の女性とは話が合わない。そもそも俺は、こんなマニア向けサイトをやっていることからも分かるように「狭く深く」の人間であるため、それで一般女性と意気投合するのは、あまりにも難易度が高い。かと言って、女性受けする趣味を口車で作っていくというのも、実に馬鹿らしいというものだ。
――さらに言えば、そもそも「男女が恋人探しを目的として打算的に会食する」という合コンの概念自体にも、俺は強い嫌悪感を覚えてしまう。楽しく話している最中にも、相手は自分を「こいつは駄目だ」と品評しているかもしれない。そして、後からその結果が「不合格」という形で返ってくれば、それは自分の人生を丸ごと否定されたようなものである。とりわけ、合コンは「飲み会」という形式を取っているため、そのコンパ自体が楽しければ楽しいほど、後々のショックも大きくなってしまう。そういった、悪意の渦巻く“ナントカ活動”みたいなものを、わざわざ自分から増やすこともないというものであろう。
ところで、ネット上の「合コン」に関する記事を読んでみると、それはそれは多いのが「ハンプティダンプティみたいな女が来たwwww」などと、女性側に問題があるような書き方をすることである。しかし、例えば俺みたいなこんび太郎が女性を非難できるわけもないということで、その点に関してはお互い様というものだろう。
・・・が、それでもやはり、「出会いの場」と称して男女の恋愛を打算的にするような行事は、俺はどうしても好きになれないのである。もしそれで何度も失敗が続けば、それは必ずや人間不信へと繋がっていく。そして、そうやってフラれても何とも思わずに次の女性へアタックできる人間というものを、俺は信じることができない。そうまでして、「恋人が居る」というステータスを得たいとは思わないのである。
――やれ、男にとって「恋人」「妻」を作ることは、物理的・精神的なメリットが非常に大きく、多少の無理をしてでも得るべきものなのかもしれない。だが、俺のような人間がそれを行えば、その無理は「多少」では済まない可能性がある。まったく、「何十社も受けて全て落とされた」ではないが、「何十人と告白して全てフラれた」と来れば、もう生きることさえできないような屈辱を味わうことは間違い無い。やれ、失敗がかさむ前に何らかの手で成功を勝ち取るか、はたまた合コンとはそういうものだと割り切って何度もフラれ続けるか・・・それをできるか否かが、いわゆる「リア充」と「俺」との違いなのであろう。
そんなこんなで。確かに「合コン」は出会いの場となるのであるが、そういう「打算的な場」というものには、失敗時の強い不快感が付きまとってしまう。そして、俺のように物事を割り切って考えられない人間には、それはどうにも耐えられそうにはない。もし本当に心の底から意気投合できる相手が見つかれば良いのだが、俺のような性格ではそれを探すのも難しいだろう。その結果として、俺は恋人や結婚相手が一生見つからないようなことになるかもしれないが、別にそれでも構わない。というか、合コンに参加すれば本当に彼女が出来るのか?
ただフラれる回数が増えるだけではないのか??
――というわけで、俺は「合コン」を求めていないし、「合コン」の側も俺のような人材を必要としていないことが分かった。だが、お酒を通して誰かとの親睦を深めるという「コンパ」の理想自体は決して間違っていないし、俺もそうやって誰かと仲良くなっていきたい。ならば、いま時代が求めているのは、「合コン」ではなく、次のような「コンパ」なのでは・・・!?
◆1◆
「オタコン」
オタクたちのコンパ。
◆2◆
「商コン」(しょうこん)
取引先とのコンパ。
親睦会と見せかけた営業活動。
◆3◆
「シスコン」
兄と妹のコンパ。
妹におごってもらうとレベル高し。
◆4◆
「男コン」(だんこん)
男たちのコンパ♂
(2012年11月12日)
2012年11月12日の記事を表示しています。