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管理人の日記ログ
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そりゃあ… |
本日、西暦2019年5月から始まる新元号が「令和(れいわ/Reiwa)」であることが発表されてしまった…。
――やれ。私としては、これを聞いた瞬間、「は?」としか思わなかった。まずもって、最低でも「明治」「大正」「昭和」「平成」の8文字くらいは外してくると思っていたので、「和」を被らせるというのが信じられない。しかも、「令」という漢字は、下の部分の書き方が人によって別れやすく(四角く書く人も居るし、カタカナの「マ」のように略する人も居る)、左右対称でもなければ、明瞭で分かりやすい文字でも無い。そして、それらの組み合わせの「令和」という造語も、発音・見た目の両面で、優れているとは思えない。もしこれがネットで見た予想の名前だったら、引っ掛かりすらせず秒で忘れることだろう。
さて。この「令和」という年号について、総理大臣の「安倍晋三」は、「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ、という意味が込められている」と語っているそうだが、そういう気持ちは字面から全く伝わってこない。それどころか、“和を命令する”…つまるところ、「俺の指示に従え。それなら、その範囲内での平和を与えてやる」という上から目線の雰囲気すら感じてしまう。ゲームに登場する悪役の神様かよ。
…やれ。確かに、「文化の創造」というテーマは、国民の精神的豊かさを支えるものとして、これからの日本が目指していくべき道であろう。しかし、それならば、「文」「化」「創」「造」のどれか一つか、せめてそれを思い起こさせるくらいの漢字を入れたらどうなのか。明治〜平成は、わざわざ調べなくても、造語としても何となく意味が伝わってくるが、「令和」がそうだとは思えないのだ。
――そして、今回はどうやら、これまで日本の歴史上に存在した200以上の元号のうち、初めて中国古典ではなく日本古典からの選出であったようだが、どうも従来の中国古典から選ぶ方針のほうが正解だったようだ。確かに、日本で使うものだから、日本の書籍にちなんだほうが良いという考えは分からなくもないが、それで肝心の制作物が駄目になってしまっては意味が無いだろう。まあ、今の日本で急速に広がりつつある、自分大好きなだけの差別主義的な「自称愛国」なら、そういう中身の無い日本上げであっても喜ぶのかもしれないが…。
そういうわけで。私は、新年号の発表を、まあ一種のお祭りとして捉えていたのだが、このような駄作が出てきたことは非常にガッカリである。
…やれ、今日は4月1日である。だから、「令和」というのは実は嘘で、本当はもっと美しい字面と発音の新元号が出てきて、それが5月1日から適用されるというオチなのではないだろうか。この駄作が、何ヶ月も前から各界の専門家を招き、莫大な期間と税金を掛けて何度も議論を繰り返して作り上げた、現代日本の文化と政治の最高傑作というよりも、まだこれが国家レベルのギャグでしたというほうがマシである。
――そんなわけで。今回は、この気持ちを画像で表してみたのである。俺…覚悟してたよ。けど、なんかこうして「令和」って年号を見たらさ…。
(2019年4月01日)
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